三国志 魏書 武帝紀 第一

三国志 魏書 武帝紀 第一

 二十二年(二一七)春正月、王は居巣に陣どった。二月、軍を進めて長江の西の郝谿に陣営を布いた。

三月、王は軍をひきいて帰途につき、夏侯惇曹仁張遼らを残して居巣に駐屯させた。
 夏四月、天子は王に天子の旌旗をかかげ、出入には警畢(先ばらいのいましめの声)を称することを許した。五月、泮宮(諸侯の作る学校)を作った。六月、軍師の華歆を御史大夫に任命した。冬十月、天子は王に十二の旒(かんむりの前後に垂れ下げるかざり玉、天子は十二ある)をつけた冕をつけ、金根車(豪奢なお召し車)に乗り、六頭立ての馬に引かせ、五つの季節の色(春=青、夏=赤、季夏=黄、秋=白、冬=黒)に塗った副車を設けることを許し、五官中郎将の曹丕を魏の太子とした。


三国史記 巻第二十四 百済本紀第二

第六代 仇首王(在位二一四―二三四)

 四年(二一七)春二月、二柵を沙道城の近くに設けた。〔この二柵は〕東西十里の距離にあり、赤硯城の兵士の一部にこれを守らせた。