古今和歌集 仮名序

仮名序 紀貫之

和歌は、人の心を種(基)としてたくさんの言の葉(歌)となったのである。この世に生きている人は、為すこと、する業が多いので、心の中で思うことを、見たり聞いたりすることに託して言い出した言の葉(歌)も数多くなったのである。花の間で鳴くうぐいすや水の中にすむ蛙の鳴声を聞くと、人のみならずこの世の中のあらゆる生き物が歌をよむことがわかる。

このようであるが、今上天皇が御即位なされてから九年たった。すみずみまでゆきわたった御慈愛という波は、日本国の外まであふれ流れ、広大な御恩恵という陰は、茂っている筑波山の麓よりも繁くおありなされ、万機の政務をみそなわすあいまに、諸事万端を疎略になさらない御配慮として、昔存したことをも忘れますまい、また、すたれてしまったことをも再興なさるとて、また、ただ今も御覧なされ、後世にも伝わるようにとて、延喜五年四月十八日に、大内記の紀友則、御書所預の紀貫之、前甲斐目の凡河内身恒、右衛門府生の壬生忠岑らに仰せられて、『万葉集』に入っていない古歌や撰者たち自身の歌をも献らせなされた。