仏教公伝

日本書紀 巻第十九

  欽明天皇 天国排開広庭天皇

 十五年春一月七日、皇子の亭中倉太珠敷尊(後の敏達天皇)を立てて皇太子とした。


三国史記 巻第四 新羅本紀第四

第二四代 真興王(在位五四〇―五七六)

 十五年(五五四)秋七月、明活城を修繕した。


三国史記 巻第二十六

第二六代 聖王(在位五二三―五五四)

 三十二年(五五四)秋七月、王は新羅を襲撃しようとして、自ら五十の歩兵と騎兵を率いて、夜、狗川(忠北沃川郡沃川邑付近)についたが、新羅の伏兵がまち伏せていて、〔これと〕戦い、賊兵(新羅軍)に殺害されて薨去した。諮を聖〔王〕という。


後梁

1.中宗宣帝(蕭詧、在位554年 - 562年)
2.世祖明帝(蕭巋、在位562年 - 585年)
3.後主(蕭蒴、在位585年 - 587年)