陳独秀(1922年 - 1925年)

中国共産党中央委員会総書記(中央局書記・中央執行委員長・中央執行委員会総書記)
中央局書記
陳独秀1921年 - 1922年)
中央執行委員長
陳独秀(1922年 - 1925年)
中央執行委員会総書記
陳独秀(1925年 - 1927年)
中央委員会総書記
初代:陳独秀(1927年)
代行:瞿秋白(1927年 - 1928年)
第2代:向忠発(1928年 - 1931年)
代行:王明(1931年 - 1932年)
第3代:博古(1932年 - 1935年)
第4代:張聞天(1935年 - 1943年)
中国共産党中央委員会主席
中央政治局主席兼中央書記処主席
毛沢東(1943年3月20日 - 1956年9月28日)
中央委員会主席
初代:毛沢東(1945年6月19日 - 1976年9月9日)
第2代:華国鋒(1976年10月7日 - 1981年6月29日)
第3代:胡耀邦(1981年6月29日 - 1982年9月12日)
中国共産党中央委員会総書記
初代:胡耀邦(1982年9月12日 - 1987年1月16日)
代行:趙紫陽(1987年1月16日 - 1987年11月2日)
第2代:趙紫陽(1987年11月2日 - 1989年6月23日)
第3代:江沢民(1989年6月24日 - 2002年11月15日)
第4代:胡錦濤(2002年11月15日 - 2012年11月15日)
第5代:習近平(2012年11月15日 - )


1922年 現在のアイルランド共和国部分がアイルランド自由国として分離独立し、グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国となる。

議会勢力の変化
イギリスの国内政治ではロイド・ジョージ第一次大戦終了後直ちに議会を解散し、8年ぶりになる総選挙を実施した。この選挙は戦中イギリスをリードしてきた保守党と自由党の連立派とそれを率いるロイド・ジョージに対する信任選挙となった。この選挙でロイド・ジョージは自分を支持する自由党候補に対しては保守党党首の副署の付いた公認証書(Coupon)を発行したもの、公認証書を得られなかったアスキス派自由党候補の選挙区には公認証書を持った対立候補を送って徹底的に反対派を叩き潰した。このためこの選挙をクーポン選挙という。ロイド・ジョージの連立派が勝利し、保守党、自由党の非連立派が大敗した。連立政権が崩壊した後の1922年の総選挙では、前回選挙以来の分裂を引きずった自由党に対して、保守党が大勝した。自由党議席数はアスキス派とロイド・ジョージ派を足しても労働党のそれをはるかに下回った。
翌23年の総選挙で、労働党は191議席と大躍進した。労働党自由党と連立を組んで、初の労働党首を首班とするラムゼイ・マクドナルド内閣が成立した。この連立政権は翌24年の総選挙で労働党の党勢に陰りがみられたために解消されたが、1929年の総選挙で、労働党が初めて議会内第一党となったことによって第二次マクドナルド内閣が議会の過半数を占めていないながらも発足した。