東京奠都

天皇明治元年(1868年)8月27日、政情の激しい移り変わりにより遅れていた即位の礼を執り行ない、同年9月20日に京都を出発して、東京に行幸した(東幸)。岩倉、議定・中山忠能、外国官知事・伊達宗城らをともない、警護の長州藩土佐藩備前藩、大洲藩の4藩の兵隊を含め、その総数は3,300人にも及んだ。天皇は同年10月13日に江戸城へ到着、江戸城はその日のうちに東幸の皇居と定められ東京城と改称された。続いて同年10月17日には、天皇が皇国一体・東西同視のもと内外の政を自ら裁決することを宣言する詔を発した。そして東京の市民はこの東幸を盛大に祝った。
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